ヴァース帝国は●●の夢をみるか? 【アニメ】アルドノア・ゼロから「国」という観点からみてみる
目次
我々の歴史とは違う、アポロ計画の末に
西暦1972年、月面に到達したアポロ17号の宇宙飛行士達は、そこにあるはずのないものを見つけてしまった。
これまで地上に存在したものとは異なる文明の遺跡。
そこから発掘された謎の構造物は、未知の技術で物体を火星にまで瞬間移動できる能力を持っていた。
それらは後に「ハイパーゲート」と呼ばれ、この発見により、人類は火星への移動が可能となり、同地の開発が開始された……。
これらはもちろん我々の歴史(以下、便宜上、正史と呼びます)ではありません。
7月から9月までTOKYO MX系で放映されたアニメ「アルドノア・ゼロ」の中の設定です。
今回は、分割2クール全24話のこのアニメを「国」という観点から眺めて紹介していきたいと思います(9月末で1クール終了。15年1月より2クール目がスタート予定)。
「火星人誕生」そして、襲来へ
アポロ17号は正史ではアポロ計画最後のフライトとなりましたが、この世界では歴史上の大発見をしたことにより、その後の世界の流れを変えてしまいます。
国連主導による火星開発条約の締結と火星の軍事利用禁止、それに伴う米ソ冷戦終結。
火星調査団派遣、そして30万人規模の火星開拓・移民計画の開始。
と、1975年から80年にかけて、火星をめぐり宇宙開発が大きく進展していきます。
しかし、そんななか、調査隊として火星に滞在していたレイレガリア・ヴァース・レイヴァース博士は、突如開拓民を扇動し反地球を標榜し武装蜂起。
そしてついには1985年、火星は地球より独立を宣言。
レイレガリア博士は、自ら「皇帝」を称し、帝政国家「ヴァース帝国」を樹立します。
この影には、レイレガリア博士が火星で発見した未知の文明の超遺物「アルドノア」が大きく関わっていました。
地球が産業革命以降持ち得た全てのテクノロジーをはるかに凌駕するそれは、発見者であるレイレガリア博士とその一族のみがシステムを起動することができるという、まことに「独裁者」には都合のいいものでした。
レイレガリア皇帝は、自らに忠誠を誓う者らに爵位を与え、アルドノアシステムの起動能力を貸与する代わりに、「火星騎士」として開拓と領民統治、軍務を行わせます。
こうして、火星は超技術によりテラフォーミング(地球化)され、短い期間に人口は増加していきましたが、一方で技術占有を巡り地球とは対立、新たな「冷戦」となりました。
それはやがて、病気を理由に退位したレイレガリアに代わり2代皇帝に就任した息子ギルゼリアの治世、1999年に「熱い戦争」へ発展します。
超技術で作り出した軍事用ロボット兵器「カタフラクト」を多数有する火星の騎士たちが、地球圏へ侵攻を開始します。
対する地球側も、国連が主導となり「地球連合軍」を組織し防戦に努めますが、火星の圧倒的科学力の前になすすべなく敗退を繰り返します。
一部は地球本土へ降下し、もはや戦争の結末は……という矢先、両軍が交戦中の月面で「ハイパーゲート」が突然暴走。
その結果月は半壊し、最前線で指揮にあたっていたギルゼリア皇帝は戦死。
崩壊した月の破片は地球に降り注ぎ、各地に大きな被害をもたらすことになります。
後に「ヘブンズ・フォール」と呼ばれるこの大災害を契機に、両軍は戦闘を停止、2000年に休戦条約が成立します。
その後、レイレガリアが皇帝に復位、両勢力は衛星軌道上などで睨み合いを続けつつも、和平への歩み寄りは続けられ、2014年に火星の第一皇女アセイラム・ヴァース・アリューシアが親善大使として地球を訪れることが決まります。
ということでここまでが、本編が始まるまでの設定です。
再戦理由は結局「現実の厳しさ」?
宇宙にある移民国家が地球の圧政に耐えかね、「独立」を宣言して戦争を始める、という展開は、かの歴史的アニメ「機動戦士ガンダム」以降、ロボットアニメの定番の一つとなっています。
今回の「アルドノア・ゼロ」もその一つではありますが、第一話時点では両軍は既に戦争を経験済みで、休戦状態となっています。
これでは「戦い」が売りのロボットアニメが成り立ちませんので、「再戦」することが必要です。
そのキーを握るのが、親善大使として地球を訪問する第一皇女アセイラム姫でした。
自分達より科学力で劣る地球人を「劣等民族」と蔑み、武力制圧を主張する強硬派が多い火星の中で、対地球友好論を説く理想家。
そこを強硬派筆頭の火星騎士ザーツバルム伯爵に利用され、対火星強硬派地球人の仕業に見せかけた火星スパイのテロ行為を受けます。
幸い替え玉にひっかかり、アセイラム姫本人は無事でしたが(ザーツバルム一派は替え玉には気付かなかった)、これを期に「地球から攻撃を受けた」とする火星騎士らの「再戦」が始まります。
この暗殺現場に居合わせた主人公、界塚 伊奈帆らとそのクラスメイト達は、様々な経緯を経て、身分を隠して潜伏していたアセイラム姫や、姫の暗殺に荷担しながらも口封じのために父親を殺された火星スパイ、ライエ・アリアーシュ、地球連合軍の残存部隊らと合流。
地球製の旧式カタフラクトで火星の新型カタフラクトと戦いながら、戦火の中をアセイラム姫を保護しつつ、連合本部のあるロシアへ向かいます。
ここまでご紹介しただけをみると、火星側はとにかく「戦争」がしたい!連中の集まりにしか見えないでしょう。
昔のアニメだと、敵はとにかく「侵略者」で「破壊こそ全て」というのが多く、戦争開始理由も今一歩はっきりしないのが多かったというのもあります。
今回も途中まで見る限りでは、「地球の土地を占領して領土を広げたい火星騎士の野望」が戦争理由かな、とも見られました。
しかし、実はそれだけではなかったのです。
この物語で「悪の親玉」みたいに見られていた暗殺首謀者ザーツバルム伯爵が、アセイラム姫の教育係でもあった地球人スレイン・トロイヤードに第9話「追憶装置」、第10話「嵐になるまで」で真相を語るシーンがあります。
15年前の戦争で、ザーツバルム伯爵は地球侵攻部隊の先陣として婚約者でもあるオルレイン子爵とともに種子島に降下。
そこでの戦闘中に「ヘブンズ・フォール」に巻き込まれ、オルレイン子爵を失ったということ。
ザーツバルム伯爵自体は、スレインの父親に助けられて九死に一生を得たということ。
そして、実はこの戦争は、第2代皇帝が民衆の不満をそらすために行われたものであるということ。
自分はそんな不毛な戦争のために死んだオルレインの無念を晴らしたい、戦争を仕掛けた皇帝ら王族に復讐したいと思っていること。
民衆の不満をそらすために戦争を仕掛けるということはアルゼンチンによるフォークランド侵攻(1982)など、正史でもよく見かけられることです。
地球から「支援物資」として贈られたという鶏の料理を食しながら、それを指し
そのフォークにさした鶏の料理に、スレインは贅沢品ではない(保存性云々といっているのでレトルト食品か?)と言いますが、
さらに
高度な科学技術を元にして工業力の発展ばかりに力を注いで、民を養うための食糧増産(水産・農業)を軽視した、といったところでしょうか。
「クロレラ」と「オキアミ」といっていますが、恐らくはこれらを原料とした加工食品だと思われます。
確かにそんなものばかりで不満が出ない方がおかしいです。
しかし、この辺は正史でも独裁国家にありがちな展開です。
対外債務返済のため、国民が必要とする農産物までも輸出していたルーマニアのニコライ・チャウシェスク(1918~1989)や、最近では北朝鮮などが連想されます。
しかし、火星の現実は厳しかった……ということでしょうか。
「恨み」「憎み」でしか保てない国とは……
火星の厳しい生存環境のため、民が苦しんでいます。
そして、その民を統べるために為政者は民衆に対して「麻薬」を使用していきます。
それについてもザーツバルム伯爵は語ります。
「アルドノアを中心とした封建制度の中で虐げられた民、その貧しく卑しい国が、長き歴史のある国を蔑む。何と愚かしいことか」「地球を羨み、地球を妬み、地球を憎むことで民衆を治めていたヴァースが、地球を侵略することでしかその大義を保てぬほど病むのも道理」(9話)
「(2代目皇帝ギルゼリアは)ヴァースに対し主権を主張し、独立を阻み、遠く離れた星から統治しようとした地球こそ我らの敵であり、苦難の源であるとヴァースの民を扇動されたのだ」
「恐ろしいことにその妄言は皆に支持された。自らこそが優秀な民族であり、豊かさを握っている劣等民族こそが悪であると」(10話)
これらのザーツバルム伯爵の言葉を逆に言い換えると、地球に対する蔑み、妬み、憎みをなくしたらヴァース帝国ではなくなってしまうということになりますでしょうか。
そういえば、隣国の大統領が最近発言していました。
「恨みは千年たっても忘れない」
この発言については、「恨」そのものが民族のアイデンティティーで、それを述べているのだ、とする意見も聞かれました。
現実世界での問題については、いろいろ賛否や内容の検証など、一概にどうこう言えないところもあります。
ただ、アニメのこのシチュエーションが、現実世界の国家と異様にリンクしているように感じるのは私だけでしょうか。
「国」「政治」とは?
優秀な民族が劣等民族を駆逐するという思想は、第二次世界大戦(1939~1945)のドイツの例にもれず、現実問題として今だに生き続けているように思えます。
今の日本が関わっている問題も、これと同じレベルのものだとの主張も存在しています。
それ自体が虚偽だとの主張もあります。
ただ、どちらにしても冷静に情勢を分析して、考えをまとめることが大事だと思います。
ドイツの戦略家カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)が自身の著書「戦争論」の中で「戦争とは政治の手段である」と述べています。
つまり、軍事力とは、国を維持し国民の生活を安定させるための、ポーカーでいうところの手札の一つにしか過ぎず、ということです。
軍事力、外交力、経済力……そのそれぞれの手札を、いかに自分に有利なタイミングで出すか、それが国家運営にとって大事なことだと思います。
ヴァースが抱えている苦難は明らかに失政によるものです(自業自得)。
単純に考えればあれだけの科学力があれば、食糧についても増産・確保などいくらでもどうにかなりますし、対地球外交についても軍事力行使をちらつかせる程度で自国有利に持って行ける筈です(ただ、それだと物語になりませんが……)。
それをしないで、民衆扇動を行い「恨み」を相手にぶつけるのは為政者が無能な証拠でしかありません。
これは実際の国家間の問題についても同じことがいえるのではないでしょうか。
現実世界でも「ヴァース帝国」があちこちに存在しています。
状況の冷静な分析と、「いかに自分(国)に有利な方向で物事を終えるか」を考えた決定・対処こそ大事なことです(この辺りは主人公の伊奈帆はかなり長けていたのではないか、とみました)。
逆に、感情的に流された決定を出したり、自己保身のみを考えた対処をしたりしているような国家は、いずれたちいかなくなるでしょう。
そうなったら、それこそ「悲劇」です(国にとっても、そこに住む人にとっても)。
この作品のスタッフがそこまで考えて物語を構成しているかといえば……恐らくないでしょう。
ただ、現実の「国」の問題を考える一つのトリガーという観点で、この作品をみてみるのもまた、面白いのではないでしょうか。