更新日2015/10/20 この記事は約 2 分で読めます。

iPadを使えば学習できるのに使ってはダメ?

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学ぶ機会を奪わないでください

義務教育が定着しているこの国で「学ぶ機会を奪わないでください」と子供の口から出てきてよいのでしょうか?

この動画は文字を読んだり書いたりすることが難しい障害がある中学生の男の子の心からの訴えです。iPadを使うことで学ぶチャンスが得られて少しずつ自信を取り戻したこと、けれど学びの場である学校でiPadの使用がなかなか認められなかったこと等が含まれています。

内容にアクセスするチャンスを

目が見えない子供に「見ましょう」とは言わないはずです。文字が読めない子供に「読みましょう」もそれと同じです。読むことが難しい障害がある場合、音声に変換して聞くことで描かれている内容に触れることができる場合があります。

内容に触れたからといってすぐに理解できないのは、自分で読んでも読み上げを聞いても同じです。内容を理解するために、内容にアクセスするチャンスをどの子にも与えることが必要なのではないでしょうか。

表現するチャンスを

方法を限定することで表現が狭まるのはもったいないことです。

内容にアクセスして初めて、疑問に思ったり、自分の考えをもったりすることができます。その疑問や考えを「文字で」表現する方法は紙と鉛筆に限定してよいのでしょうか?書くことが難しい場合、音声入力やキーボード入力を使うことで、伝えたいことを伝えられることがあります。

学び方を選択できるように

理解できる力、表現できる力を存分に発揮するためにも学び方を選択できるようにする必要があるのではないでしょうか?

機器の持ち込みに「ずるい」という声が聞こえることがあります。けれど、大多数という特定の集団にだけフィットする学び方しかないことは「ずるい」にならないのでしょうか?

おわりに

新しいことを学ぶことは自信になり、次へつながります。「学ぶ機会を奪わないでください」という声が二度と子供たちから出てこないように、大人は取り組んでいく必要があるのだと思います。

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